『教場』風間公親が突きつける「本物の指導」―理不尽な現場で私たちが本当に求めているもの

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「これ、何のためにやってるんですか?」
そう喉元まで出かかった言葉を飲み込み、今日も無意味な書類を積み上げる。

京都や奈良の、歴史という名の「重たい慣習」が残る職場。
そこに身を置いていると、時々、自分の心が少しずつ摩耗していく音が聞こえる気がします。

私にとってその時間は、この場所で給料をもらうために支払う、価値のない「通行税」でしかありません。

心に余裕をなくし、エネルギーを削り取られていた私が、先日、木村拓哉さん主演のドラマ『教場』シリーズを鑑賞しました。

最初は、画面越しに漂うピリついた空気感に「うわ、今の私の職場より地獄やん」と拒絶反応が出そうになったのですが、気づけば最後まで一気見してしまいました。

なぜ、あんなにも冷酷で、理不尽で、恐怖の対象でしかない風間公親という男に、私はここまで惹かれてしまったのか。

単なる「怖いドラマ」では片付けられない、その義眼の奥にある真実に、今の私が求めていた「答え」があった気がするのです。

今日は、風間教官が体現する「究極の指導」について、私なりの視点で深掘りしていきたいと思います。


1. 『教場』のあらすじと、風間公親という「異物」

まずは軽くおさらいを。舞台は警察学校。そこは、警察官としての適性を試される「教場」と呼ばれる場所です。
しかし、ここで描かれるのは、汗と涙の青春物語ではありません。

あらすじ

木村拓哉さん演じる教官・風間公親は、右目が義眼。感情を一切表に出さず、生徒たちのミスや嘘、心の闇を冷徹に暴き出します。少しでも「警察官としての資質がない」と判断すれば、即座に「退校届」を突きつける。

彼は、生徒を「育てる」というよりは、冷酷に「ふるい落とす」ために存在しているように見えます。

一見、現代の感覚からすれば「究極のパワハラ」のようにも映るこの設定が、なぜこれほどまでに多くの人の心を掴むのか。


2. 決定的な違いは、生徒一人ひとりを「見ている」こと

私が今の職場で感じる「理不尽」は、往々にして「誰のためにもならない前例踏襲」です。

今の職場にも「指導」はありますが、それは私の個性や状況を鑑みたアドバイスではなく、指導者側が「こうあるべき」と信じている理想を、私という人間を通して体現させようとしているだけのように感じることがあります。
知識や経験があるのはわかりますが、それをただ「押し付けられている」と感じる以上、心からの尊敬を寄せるのは難しいのが現実です。

しかし、風間教官の指導は決定的に違います。
彼は、生徒の経歴、長所、自分でも気づいていないような深い欠落までを、完璧に把握しています。

  • 「なぜ、その発言をしたのか」
  • 「なぜ、その時その行動をとったのか」

風間教官は、絶対に自分の価値観を一方的に押し付けません。
一見すると何を言っているのかわからないような、謎めいたアドバイス。
けれど、それらはすべて「その生徒が自分自身の力で答えにたどり着く」ために精密に配置された、オーダーメイドのヒントなのです。

「自分の理想」を押し付けるのではなく、相手の「適性」を見極める。
この圧倒的な「観察の深度」が、押し付けの指導とは似て非なるものなのです。


3. 「クラッシュ症候群」のシーンにみる、教育の本質

本作の中でも特に「はっ」とさせられたのが、大島優子さん演じる生徒が移動式駐車場に足を挟まれる衝撃的なシーンです。

命の危険があるその瞬間、風間教官はすぐには救出しませんでした。
激痛に苦しむ彼女に、冷酷にも「なぜこうなった?」「彼女との関係は?」と質問を浴びせ続けたのです。

「いやいや、早く助けたりぃや!」
初見の私は、画面に向かって本気ツッコミ。

しかし、その真意は、後になって明かされる医学的知識にありました。

長時間圧迫された部位を急に解放すると、体内で発生した毒素が急激に循環し、死を招く「クラッシュ症候群(挫滅症候群)」。風間教官は、点滴などの適切な処置ができる状態になるまで、あえて救出を遅らせて彼女の意識を繋ぎ止めていたのです。

もしここで、教官が即座に答えを説明していたら、それは単なる「知識」の伝達で終わっていたでしょう。
極限の恐怖の中で「なぜ助けてくれないのか?」と自問自答し、最後にその理由を知った彼女にとって、それは一生忘れることのない、文字通り「生きた技術」になりました。

「答えを教えない」のは、教える側にとっても苦しいことです。
それでも、相手の将来のためにあえて憎まれ役を買って出る。
この覚悟こそが、本物の指導なのだと痛感しました。


4. 理想のリーダーシップ:風間流・指導の5箇条

おまろなりに分析した、風間公親の「優れた指導者」としてのポイントを整理してみます。

  1. 個別のバックグラウンドの徹底把握
    一律の指導ではなく、その人の経歴や性格に合わせた言葉を選ぶ。
  2. 「答え」ではなく「理由」を追求させる傾聴術
    相手に思考させ、自立した判断力を養わせる。
  3. 正確な知識に裏打ちされた説得力
    彼の言葉が重いのは、単なる感情論ではなく、圧倒的な経験と知識があるから。
  4. 数少ないからこそ響く「称賛」
    「悪くない」「良い考えだ」。
    恐怖の対象である風間教官からのこの一言は、生徒にとって最大の報酬となる。
  5. 弱者の痛みに寄り添う正義感
    彼の厳しさの根底にあるのは、常に「被害者の気持ち」。
    困っている人を救うために自分たちは強くあらねばならない、という哲学。

これらは、現代のビジネスシーンにおいても、後輩を育てる上でも、極めて重要な要素ばかりです。

5. プロフェッショナルへの道:倒すべきは「弱い自分」

過酷な訓練や葛藤を乗り越える中で、生徒が発したある言葉が胸を打ちます。

「倒すのは相手ではなく、弱い自分だ」

警察学校は、あくまで通過点に過ぎません。
現場に出れば、もっと残酷な現実が待っている。
だからこそ、夜中に勉強し、隙間時間を活用して自分を磨き、並大抵ではない努力を続けなければならない。

私のかつての環境も、ある意味での「教場」だったのかもしれません。
パワハラ気味の指導者にエネルギーを削られ、無意味な作業に忙殺される日々。
でも、そこで「環境が悪い」と腐ってしまうのか、それとも風間教官のような鋭い視点を持ち、「現場で生き残るために今何ができるか」を必死に考える自分でいるのか。

プロフェッショナルになるとは、自分の弱さと向き合い続けることなのだと、生徒たちの姿を通じて教えられた気がします。


6. ドラマだからこそ成立する「理想」

もちろん、現実問題として考えれば、風間教官の指導は非常にスレスレのところにあります。

あの圧倒的な木村拓哉さんのオーラがあるからこそ「厳しさの中の愛」として成立しているのであって、もし私の職場で上司があれをやったら、即通報案件です。

あのような極限状態の指導は、警察学校という特殊な環境でなければ成立しないものでしょう。

でも、「あんな風に、自分の本質を深く見てくれる指導者がいたら」と願ってしまうのは、今の世の中に「押し付けではない、真の指導」が不足しているからかもしれません。


7. まとめ:私なりの「教場」を生き抜くために

今回『教場』を観て改めて感じたのは、私たちが本当に苦しんでいるのは「厳しさ」そのものではなく、そこに「意味と尊重」がないことなのだ、ということです。

  • 自分の理想を押し付けるだけの指導。
  • 相手を見ず、前例だけをなぞる慣習。

それらに囲まれて削られる日々ですが、心だけは風間教官のように鋭く、冷静でありたい。
倒すべきは理不尽な相手ではなく、それによって腐ってしまう「自分」です。

この環境から盗めるものは全部盗み、自分を磨くための「生きた知識」に変えてやる。
そんな少しの毒気と覚悟を持って、しぶとく生き抜いていこうと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
おまろでした。

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おまろ

著者の名前:おまろ

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【著者の情報】

・出身:大阪府

・年齢:30代

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